音楽やらパフォーマンスやら、手を広げすぎてしまっているため、自分にとってなぜ短歌でなければならないのかというあたりが、散漫になってきている今日この頃。
永田和宏の評論集『表現の吃水』を読んだ。正直、私には難しい。ようやく最終章の「戦後アララギ論」に至り、なるほど、と読むことができた。
以前ここでもとりあげた荒井直子さんの『はるじょおん』と梶原さい子さんの『ざらめ』の合同批評会が、昨日中野サンプラザあった。
2次会で、たまたま、歌人奥村晃作氏の隣になった。昭和30年代当時、コスモスの宮柊二との出会いのことなど直接うかがうことが出来たのは、昨夜の最も貴重なできことであった。自分の塔への入会の仕方や歌への取り組みなど、安易なものだなと思う。
「『表現の吃水』は難解でした。」と奥村氏に言うと「あれは難しいでしょうね」と。図書館の返却日がもう過ぎているので一旦返すが、いずれもう一度借りて読み直そうと思っている。