踏切に遮られている春の夕欲しい物など無かった気がする
みごもっていた時のわが悲しみを全て知っていると吾子は泣くなり
足元から不安なお前に見上げられ笑って母になるしかなかった
みごもりの日は遠くなり黄金(きん)の雨身に降るような時も過ぎたり
繰り返し読みやる絵本 手を伸ばし絵の中の水つかもうとする
by 川本千栄 『青い猫』
塔の川本千栄の第1歌集。後半の、妊娠・出産以降の歌にひかれる。
私自身、こどもを産んだ頃は、まだ短歌に出合っていなかったので、当時、歌を作っていたらどんな歌をつくっていただろうかとよく思う。
川本さんの歌の、こどもを産むということの根底にある、痛み、悲しみのような感覚が共感できるように思う。
母になるということは、決して、おめでたく晴れがましいことばかりではなく、時には、これまでの自分のプライドのようなものも捨てて、地べたを這っていかなければならないこともあるように思う。そのような営みの中でも、このような詩を紡ぎだすことができるということは、作者の力量もさることながら、詩があるからこそ生きてもいけるということの、啓示のようにも思うのだ。
1首目は、妊娠初期の病院への道の途中の歌のようである。
4首目、「みごもり」の日々もそうであるが、幼子を育てるという日々も、必ず過ぎ去ってしまう黄金の時間なのだ。
5首目、手の届かないものに手を伸ばし続けるのは、こどもばかりじゃない。「絵の中の水」という表現が秀逸。