むかしとは麦藁のやうな時のこと暗がりの中にやはらかく匂ふ
ひのくれの耳のさびしさああ竹が葉を散らしゐる竹の葉の上(へ)に
生きてゆく一日いちにち米を研ぎ笊を乾かしお帰りと言ふ
あをぞらがぞろぞろ身体に入り来てそら見ろ家中(いへぢゅう)あをぞらだらけ
病むまへの身体が欲しい 雨あがりの土の匂ひしてゐた女のからだ
コスモスの中に写りゐるこの少女はわたしであらうか風の道の辺
母に見ゆればわれにも見えて菜の花の運河を進む白き船の帆
はうれん草茹でつつ母を思ふかな白い割烹着手首の輪ゴム
気まぐれに乗せてみる雪溶けてゆく雪の時間がてのひらにあり
菜の花はなんでこんなになつかしい 昨日は雨で明日は雨で
遺すのは子らと歌のみ蜩のこゑひとすぢに夕日に鳴けり
君は君の体力で耐へねばならないと両肩つかんで後ろより言ふ
何も言はずずつと傍に居て あなたにも子らにも言ふだらうは母のやうになれば
二人と猫二匹それでおしまひ 二階(うへ)にゆき夜にはみんなひとつ部屋に寝る
『母系』 河野裕子
河野裕子さんの突然の訃報に驚き、悲しみでいっぱいです。
お亡くなりになる前日の8月11日に、塔8月号が届き近況がのっていました。
まるで塔会員への最後のごあいさつであったような・・・
5月の東北集会でお目にかかったのが最後になりました。
あのとき私は、どうしてもふるさとの山形に行ってみたくなったのでした。
自分の中の「母系」というものに呼ばれたように思います。
まさか裕子さんが歌会からお出でになるとは思わずに。
心よりご冥福をお祈りします。