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東京は久しぶりの大雪。
雪国の人たちには、全く珍しくない景色だと思いますが、雪の朝はきれい。 しかし、家で雪かき、職場で雪かき。慣れないことをやってへとへと。 ![]() ![]()
今日は、西東京アクターズスクールの仲間である二組の結婚を祝う会があった。
とても心がじーんとするすばらしい会だったと思う。 二組とも、いわゆる適齢期ではない。もうちょっと上の年齢の4人である。 それぞれのカップルがお互いを紹介しあう言葉の、心から信頼しあったユーモアあふれる一言一言にみんが暖められた。 全員で14名のこじんまりとした会だったが、暗い話が多い昨今、天使が舞い降りたような時間だったと思う。 参列者も一人一言自己紹介で、お祝いと今年の抱負などを語った。 抱腹絶倒の笑いもあったが、名言もたくさん。 私は、今年は心身ともに「姿勢」をよくして生きたい、と言った。 身体の腹筋、心の腹筋をつけたいですと。 二組のカップルに会からお祝いとして贈られたある歌集。 塔の会員である北川浩久さんの第3歌集『オドロキ』 私の友人でもある、会の代表の風姫さんが、北川さんの大ファンなのである。 『オドロキ』にはこんな歌が収められている。 怒らないことを学んで僕たちは水のこころに近づいてゆく 太陽はたった一つさ大切なものはたくさんいらないのです おろし立てのボールペンすらすら書きやすし今日の小さな喜びの一つ わがものとなりたるゆえに永久(とわ)に通されぬ穴あるスポーツウォッチ 幸せの極の極とはこのことかオムレツの黄色ケチャップの赤色 『オドロキ』北川浩久 「孫子の代まで一生読めるもの」と言ってそれぞれに手渡された水色の表紙の『オドロキ』。 つくづく幸せな歌集だなと思う。
昨日だけれども、1・11。
あの震災から10ヶ月。冬になって、重ね着をしたり、湯たんぽを使うようになって体が思い出す。計画停電のときはまだ寒かった・・・ 桜が咲いて、夏がきて、秋は何してたかわからないうちに、冬が来た。 こんな風に1年が過ぎちゃっていいのかぁ。 1月1日、東京では久しぶりに大きな地震があった。 揺れの時間が長かったので、いや~な予感がしたが、幸いどこにも被害はなかったようだ。 今日の昼間は、突然携帯電話の緊急地震警報が鳴り出す。 久しぶりに聞いたあの音だったが、肝心の揺れはこのあたりはほとんんど感じなかった。 1日の大きな地震のときは鳴らなかったのに。なんだかなぁ・・・ 先週の4日から仕事が始まっており、先日は次男の成人式。 5年日記も、一番上の段が少しずつ埋まっていく。 埋まっていくにつれ、下の4段の空白が意味を帯びてくる。 どうか大きな災害がどこにも起きませんように。
今年もよろしくお願いします。
のんびりしています。 昨夜録画しておいた紅白を見て(全部見る必要はないけど一応目を通したいので)、お雑煮を食べる。 あとで、年明けうどんを食べる。年越しソバというのは、どうもウチの場合、いつ食べていいのか難しいので。今年から紅白の年明けうどんにしてみた。 今日から5年日記というものを書き始めるのがちょっと楽しみ。 こんな感じの。 ![]() 5年日記によりますと、今日はどんな日? 「昭和天皇が人間宣言を発表(1946)」だそうです。 それから玄関の脇の、山茶花の根元の小さなスペース。 野良猫が、ときどき悪さをして掘り返してしまうのが悩み。 定点観測 2012・1・1 ![]() 今年はもすこしマメに更新しようと思います。
今年ももう残すところ2日となった。
明日は大晦日であわただしくしていると思うので、今日のうちにごあいさつを。 一日一日無事ですごすことが、これほど大切なことであるとは・・・ 今年は大震災があったことに加え、秋に、親友のお母さんが急死された。 「来年は辛いことがない年でありますように」と彼女からのメール。 あの震災では、たくさんの人が、大切な人や思い出やふるさとを突然失い、今もどんなに辛い思いをしていることだろう。 来年は、どうか辛いことがもうない年でありますように。 今日は大野一雄のDVD『ひとりごとのように』を見て過ごした。 95歳・・・生き抜くことはやはりすごい。お近くで見たい人がいたらお貸しします。 今年は秋から忙しくて、あまり歌会に行けなかった。 最後に湘南歌会にひさしぶりに参加できて嬉しかった。 クリスマスの日、藤沢駅付近の夕暮れ。 ![]() 来年も5月までの日曜日は何かと忙しいかも。 (と思っていたら、1月の横浜歌会は月曜日なのかな?) ではみなさま良いお年を。 来年もよろしくお願いします。
一昨日よりひいていた風邪もなおり、今日は予約していたチェロの毛がえに出かけた。
調布市仙川のユニオンストリングスさんへ。 半年か1年に1度、新しい馬さんのしっぽに取り替えるのですね。 昨年は、電車で行ったが、重いのをかついで歩くのは、病み上がりにはおっくうだ。 新しく買ってあったマップで道を調べて、車で行くことにした。 ななんだ、この日野バイパスというのは・・・ 調べたらもう5年近く前に開通していたらしいが、それだけ遠出をしていなかったということ。 八王子から国立インターあたりまでほぼ一直線! 立川を回らなくて良いのはスバラシイ。 おまけに有料道路なみの景観。府中、調布とすすむにつれて、公孫樹の黄色がまだ残っている。 ユニオンさんには、1時間半かからずに到着。 楽器を預けて、毛がえをしてもらっている間の1時間、仙川駅近くのフレッシュネスバーガーでお昼。分煙されていないのがちょっと・・・ 帰りはまた同じルートで。やはり早い。 ネズミ捕り注意の路線らしいことがあとでわかったが、60キロ以上は出さなかったのでホッ。 毛がえした弓は、やはり音色が違う。 クリスマスイブ。 ちょっと嬉しい。
私にとっては非常に気が重かった2日間研修が先週終わり、市の監査も今週無事終わり、もう今年の仕事はぜ~んぶ終わったような気分だ。
思えば、11月から忙しすぎた。11月も12月も歌会に行かないで過ぎてしまって・・・ 「今年を振り返って」というテーマで、10人くらいで語り合うことがあったが、ほとんどの人が地震について語っていた。当然ながら・・・ いろいろと思うことがあって、今日「5年日記」というものを買った。 たとえば1月1日のページを開くと、横に5等分されていて、2012年から2016年までの1月1日が記録されることになる。 「今日も生きていました」というようなことを、あれこれ言葉を替えて書き続けることになるのだろう。3年日記、10年日記というものもあり、しばらく迷った。 明日は母の命日で、ちょうど30年になる。
昨日は、大鳥神社のお酉様だった。
11月に三の酉まである年は、火事が多いという俗説。 たまたま用があって側にいたので、八王子の駅近くにあるお酉様に寄ってみた。 お参りをする人は長蛇の列を作っており、何時間もかかりそう。 たくさんの夜店が出ており、大小の熊手を手にした人が繰り出していた。 すっかり年末の雰囲気。 ![]() 先日、岩波ホールに『やがて来たる者へ』という映画を観に行く。 『カティンの森』と同じくらい強烈な虐殺シーンに何度も耳をふさぐ。 イタリア映画だが、ドイツとイタリアは同盟国だったのに、なぜこんなにナチスのことを厳しく描いているのだろうと素朴な疑問。第2次世界大戦時のイタリアの複雑な歴史、パルチザンというものについて学ぶ。ヨーロッパというところは、いたるところにこのような血で血を洗うような歴史が今もうずいているのだろう。 主人公の口をきけない少女のラストシーンに思わずじんときた。このあとどうなった?
いろいろ忙しくて更新できていませんが、元気にしてます。
更新が滞っているのに、のぞいてくださっているみなさんありがとう。 塔11月号も届き、公孫樹の葉も色づき、八王子のいちょう祭りもこの週末に行われました。 なのにまだ8月号を読んでいるわたし。 河野裕子さんの追悼号。ようやく3分の2くらい読んだところ。(読むの遅すぎ) でもこれだけは1ページ残さず読まなければなと思っている。 癌の再発がわかってからの裕子さんの言葉。 今が一番いい時だと思って生きよう 大震災の後、だいぶ落ち着いたものの、いまだ足元がぐらぐらしている感じです。 一日に何度かこの言葉を思います。本当に今が一番いい時だと思えて、ぐらぐらがなくなります。 先週バーベキューと芋煮会をやりました。 職場のすぐ裏を流れる川。東京とは思えません。八王子駅から徒歩圏。 ![]() チェロは今、「夢のあとに」(フォーレ)をやっています。 ドラマ「北の国から」で蛍ちゃんが駆け落ちしたときに流れていたと思いますが。
先日焼いたりんごのケーキのレシピです。とても簡単なのでおすすめです。
【材料】 りんご 2個弱(正味250g?) くるみ 適量(20g?) レーズン 適量(25g?) 小麦粉 150グラム(1+半カップ) 砂糖 90グラム(4分の3カップ) 塩 小さじ半分 ベーキングパウダー 小さじ1 サラダ油 100ml(半カップ) シナモン 小さじ半分 卵 2個 (りんご、くるみ、レーズンの量はかなり適当。レーズンはなくてもおいしいです。) 【作り方】 ①オーブンを180度にあたためておく。 ②りんごは8等分にして5ミリのいちょう切り。 ③くるみをきざむ。 ④小麦粉とベーキングパウダーをあわせてふるっておく ⑤ボウルに卵とサラダ油をいれ、泡たて器で混ぜる。 ⑥砂糖、塩、シナモンをいれてさらに混ぜる。 ⑦くるみ、レーズンをいれて、へらで混ぜる。 ⑧ふるった粉をいれて、さっくり混ぜる。 ⑨りんごをいれて、よいしょっと混ぜる。 ⑩型に流し、オーブンで40分焼く。 ![]() 都内某所夕暮れ。都心の仕事からの帰り道は、もうこんな感じ。
今日は午前中は休みだったので、りんごのケーキを焼いた。
レシピは非常に簡単で、特別の材料もいらないし、何といってもまず失敗がない。 焼きあがるまでの間、洗濯物をたたむ。 先週は、部屋の模様替えをした。 落ち着いて本を読めるようになって、今さらながら、塔の8月号を読んでいる。 河野裕子さんの追悼特集号。 あまりにも分厚くて、通勤に持ち歩くわけにもいかず、まだぱらぱらとしか読んでいなかった。 日々のこと。ご飯を作る 洗濯をする、たたむ 掃除をする ごみを捨てる など・・・ 日々のことを大切にやっていくことで、世界がよくなりはしないか。そんな妄想をもつ。 今月の初めから、誰かのために使おうと、毎日100円玉をひとつ貯金してみた。 そして今日はハロウィン。次はかぼちゃのケーキか。
たぶん今ころ、都内某所でトウドクが行われているはず。(続けている人スゴイ・・・)
私は震災以来、挫折していたが、ようやく9月号を読んで、10首選をやってみた。 訪れるものにはいつも華やぎてあのどす黒い波にもわれは 佐藤陽介(14) 敵も味方もはつきり見えてわたくしのしづかな昼の影法師 夏 佐藤陽介(14) 夫婦にて売られる気持ち推しがたし番の鸚哥けさ二万円 池本一郎(20) しみじみと泣くをおぼえしをみなごはしみじみ泣きて抱かれにくる 杉本潤子(68) 個性とは磨耗するもの子のゑがく山のむかうの銀色の空 薮内亮輔(105) 鈍色のイカスミ食品に含まるるはおそらく微量の烏賊の精神 小川ちとせ(112) 冷房の効かぬオフィスの商談にたまゆら会いたし月山の行者 佐々木政伸(118) ホットスポット、はずむがごとき促音の呼称を得たりこの柏市(かしわし)は 沼尻つた子(126) いま少し踊り場にゐていいですかミルクキャラメル舌にのせつつ 澄田広枝(136) しおしおと泣くしかなくて持ち合わせの言葉少なき三番目の子は 植田裕子(151) 9月号は、6月の出詠。震災100日目あたりで、震災詠にはまだまだ生々しいものがあった。 震災の歌で〇をつけたものはたくさんあったのだが、歌としての独自性というところで厳選させていただく。佐藤陽介さんの一連は、震災後の自分の内面をぐぐっと掘っており、どきっとした。 池本さんの歌の「鸚哥」はインコ。実は読めなくて調べた。 ![]() このころ、とても日の暮れが早い。仕事を終えて帰りはこんな感じ。 ![]() 先日、小石川後楽園に仕事で行った。池の陽だまりに亀が何匹も甲羅干しをしている。 すぐ近くに、東京ドームのメロンパンのような屋根が見える、東京のどまんなか。
friends after 3.11 Koide Free
国策というものがすすめられるとき、体制の末端である地方行政が、住民に対してどんなことでもするということを、3.11以来思い知らされる。原発しかり、自〇支〇法しかり。 希望を失いかけたとき、このインタビューを何度も見ようと思う。
9月25日 テレビ朝日 サンデーフロントライン
「明日への伝言」より 防げなかった破局的な原発事故。我々はここから何を学ぶべきなのか。 未来への提言を最後にお願いしたいんですが。 「ウソをつかない。人に対してもウソをつかない。自分に対してもウソをつかない。もし間違えたらば謝ると、それさえできていれば原子力なんてあり得なかったと私は思います。 全く安全でもないものを「安全です。絶対事故は起こしません」と言い続けて原子力を進めてきたわけですね。」 (小出裕章さんの言葉より)
昨日のこと。
つつじヶ丘で電車の運行再開を待つこと4時間。 京王線の中でも、調布~橋本間の京王相模原線はよく止まる。 2回くらい川を渡るらしく、ある水位を越えたら止めるという決まりがあるらしい。 昨日も真っ先に止まった区間。 ようやく風もおさまって、徐行運転が始まるとのアナウンスがあった。 この相模原線も動き出そうとするとき、駅員がこう付け加えた。 「行き先は決まっていません!」 私は思わず噴いたが、まわりの誰も気にしてないようだった。 どこに行くんじゃい? 途中で止まるかもしれませんよ、という意味だと思うけど・・・ とにかく動き出しそうではあるし、なんとなく気持ちがなごんだことだった。
また運悪く都心の仕事の日。
強風のため、東京の電車はほぼ全線ストップしている。 1時間以上早く職場を出たにもかかわらず、つつじヶ丘で電車が止まってしまってもう2時間… 今夜は帰れないかも〜 追伸 結局、つつじヶ丘に4時間足止めされて、20時ころノロノロ徐行で運転再開。 22時ころ帰宅できました!(京王線を信じてよかった。あの地震の日も動いてくれたし。) 家に帰ってテレビを見たら、あちこちでものすごい状況だったようでびっくり。 これじゃぁ、電車止めてくれてよかったわ~ 太い街路樹が根元からひっくりかえって、バスによりかかったりしてるんだもの。 早目に仕事をあがって、つつじヶ丘(調布市)まで進んでいてまだよかったみたい。 新宿や明大前にいたら大変な混雑で、立ちっぱなしで辛かっただろう。 一応ずっと電車の座席に座っていて、塔の9月号をじっくり読んでいました。 3月の大震災以降の教訓。 ボトルに飲料水を持っていた。 携帯電話のリチウムバッテリーを持っていた。 (使わなかったけれども、メールもワンセグも心配しないでできた。) ご心配おかけしました。東北地方の被害が少なくてすみますように。 それと地震があった茨城も大丈夫でありますように。
今日はスペースキールの親の会。
会わせたい人がいたので、息子A(21歳)も一緒に行く。 いい機会だからと、運転させてみる。 1年半前に免許をとって以来、初めての運転。 なかなかスリルがあった。 「直進は得意なんだけど・・・」なんちゃって。会場の駐車場が、広々と空いていたので、さぁご自由にと言うと、5回くらい切り返しをして収まった。 教習以来初めてなんだから、まぁこんなもんかな。 ![]() ![]() だいぶ日が短くなって、買い物が終わるとすっかり日が暮れている。 きれいな夕焼け。きのうの満月も美しかった。 ![]() ![]() 東京はふたたび残暑がもどり、日差しが厳しい。9月とは思えない入道雲。 昨日は9月11日。東日本巨大地震から半年。そしてNY同時多発テロから丸10年となった。 午前中は、強い日差しの中、浅川河川敷で行われた「みんなちがってみんないい」のイベントに出かける。 夕方は、先週から始まったお稽古。 途中、地震がある。 ちょうど先週、もしお稽古の日に地震があったら・・・という注意事項をみんなに伝えたばかり。 まず、ホールは天井からいろいろなものがぶらさがっているので、落下物に気をつけてホールの端に寄る。 それから、外に出たほうが安全か、その場に待機したほうがよいか、連絡が来るのを待つ。 行き帰りの途中であれば、自分の身は自分で守ってもらうしかないので、家の人との連絡の取り方をそれぞれ確認しておくというもの。 さいわい、揺れはたいしたものではなく、訓練のようにみんな「ハジに寄って!」と声を掛け合った。こんな少ないスタッフで、たくさんの障がいを持っている人を守れるのかと、ふと不安。 今も避難所に暮らしていたり、放射線量を気にしながら暮らさざるを得ないたくさんの人を思えば、東京の私の周辺なんて、これっぽっちの被害もない。 しかし、漠然とした不安感は、いつだって消えることはない。 いつ起こるともわからない、次の大地震、そして、原発関連で次々に明らかにされる戦慄すべき事実・・・(昨日、フランスの再処理施設で事故が起こったらしい・・・) それに加えて、同時多発テロの映像を、ふたたび繰り返し見せられると、ますます不穏でブルーな気分になる。 2001年3月に塔に入会したので、今であれば若葉欄で、あのテロが起こった。 当時小学生の息子が、学校に行くとか行かないとかで、家庭内テロを起こしていたときだったので、NYのテロの歌は1つだけ作った。 摩天楼の崩落に見入るこのわれは巧みに対立を避けて生き来し 宮地しもん NYの出来事は、他人事であったのだと、10年後の今は思う。
西東京アクターズスクールⅧ期公演にむけてのお稽古が、昨日より再スタートした。
本当だったら、12月の公演にむけて、もう準備は着々と進んでいるはずだったが、震災のおかげで、半年間も中断してしまっていた。 いつもホームグラウンドとして使用している八王子クリエイトホールが、節電という名目で 夜間の使用を中止していたため。ようやく夜間も使えるようになったので、8月末にあらためて、作品説明会を行い、再開のはこびとなった。 文字で書かれたものを読むと、何回読んでもなかなかつかみきれないものを、一瞬でつかんでしまう人がいる。あらためてすごいなぁと思う。 中断していた期間にためこんだエネルギーが炸裂。 来年春の公演にむけて、ほぼ毎週日曜日の夜、作品つくりの時間が積み重ねられていく。
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